その場所に着くと、アプリはこんなふうに語ります:サグラダ・ファミリア · 1:03
アプリの物語はその場で生成されるため、毎回少しずつ異なります。これはアプリと同じ音声で事前に作成したサンプルです。
通りの向かいの広場にある池のほとりに立って、塔を見上げてみてください。ここでは1882年に、ささやかなネオ・ゴシック様式の教会の建設が始まりました。翌年、若きアントニ・ガウディが工事を引き継ぎ、これを生涯をかけた仕事にしたのです。晩年には現場の工房で寝泊まりするほどで、1926年に路面電車にはねられて亡くなると、地下聖堂に葬られました。ガウディが構想した塔は18本。12使徒、4人の福音書記者、聖母マリア、そして最も高いイエス・キリストの塔です。寄付と入場料によって建設が続けられているため今も工事中ですが、2010年にはローマ教皇ベネディクト16世によって献堂され、バシリカとなりました。最後に、生誕のファサードの柱を支える2匹のカメを探してみてください。1匹は海ガメ、もう1匹は陸ガメです。
AI TourMateはOpenStreetMapからストーリーの題材を見つけます。バルセロナの市域内だけでも、名前の付いた場所が1,400か所以上あります。たとえば:
出典:© OpenStreetMap contributors(2026年10月8日時点の集計)
アシャンプラ地区のガウディ建築から中世の旧市街を抜け、ランブラス通りを下って海まで歩きます。アプリが道すがら解説し、脇道に入ってもストーリーを語り続けます。
5.3km・徒歩約70分・立ち寄り8か所
ピンまたはカードをタップすると、その場所が表示されます。
アプリでは、それぞれの場所に着くと2〜3分のストーリーが始まります。最初のストーリーは無料です。

ガウディは着工の翌年、1883年にこの教会の建設を引き継ぎ、1926年に亡くなるまで取り組み続けました。彼は地下聖堂に眠っています。寄付と入場料によって建設が続けられ、今も工事中ですが、2010年にはローマ教皇ベネディクト16世によって献堂され、バシリカとなりました。

1900年、エウゼビ・グエルはこの丘の斜面に高級住宅地をつくる計画をガウディに依頼しましたが、建てられた家は2軒だけで、1926年に公共の公園として開かれました。階段のモザイクのトカゲや、砕いたタイルで覆われた波打つ長いベンチからは、街と海が見渡せます。

ガウディが1906年から1912年にかけて、グラシア通りにペレ・ミラ夫妻のために建てた集合住宅です。波打つ石のファサードから「石切場」を意味するラ・ペドレラというあだ名がつき、屋上には兜をかぶった戦士のような彫刻的な煙突が立ち並びます。

1904年から1906年にかけて、ガウディは繊維業者ジュゼップ・バトリョのために既存の建物を全面的に改装しました。竜の背のようなうろこ状の屋根、骨のような柱、仮面のようなバルコニーから、地元の人々は「骨の家」と呼びました。ドメネク・イ・モンタネールやプッチ・イ・カダファルクのモデルニスモ建築と並ぶ、「不和の街区」と呼ばれる一角に立っています。
リュイス・ドメネク・イ・モンタネールが合唱団オルフェオ・カタラのために設計したコンサートホールで、1908年に開館しました。ホールの天井には逆さのドームのような色鮮やかなステンドグラスの天窓が輝き、1997年からユネスコ世界遺産に登録されています。

聖十字架と聖エウラリア大聖堂は主に13世紀末から15世紀にかけて建てられましたが、華やかなネオゴシック様式の正面ファサードが完成したのは19世紀末のことです。回廊には13羽の白いガチョウが暮らしています。言い伝えでは、若くして殉教した街の守護聖人の一人、聖エウラリアの年齢にちなんだ数だといいます。

バルセロナで最も古いこの地区は、ローマ時代の町バルキノの跡に広がり、中世の路地の間には今も城壁の一部やローマ神殿の円柱が残っています。ただし、見た目ほど古くないものもあります。ビスベ通りに架かる彫刻の施された橋は、1928年に造られたものです。

リベラ地区に立つこの教会は1329年から1383年にかけて、当時としては驚くほど短期間で建てられたため様式の統一感が際立ち、カタルーニャ・ゴシックの純粋な代表例となっています。港の荷役人夫たちがモンジュイックの石切場から石を背負って運んだ話は、イルデフォンソ・ファルコネスの小説『海のカテドラル』にも描かれています。

バルセロナで最も有名なこの市場は、ランブラス通りのすぐ脇、かつての聖ヨセフ修道院の跡地にあり、正式名称は「サン・ジュゼップ・デ・ラ・ボケリア市場」です。1914年に架けられた金属の屋根の下で、果物、魚介類、生ハム、タパスなどが売られています。
長さ約1.2キロの並木の遊歩道で、カタルーニャ広場から旧港まで、かつて中世の城壁の外を流れていた川筋に沿って続きます。途中には1847年開場のリセウ劇場やジョアン・ミロの舗道モザイクがあり、通りの上端にあるカナレタスの泉の水を飲むと、再びバルセロナに戻ってこられるという言い伝えがあります。

1888年の万国博覧会に合わせて建てられた高い記念柱で、最初の航海の後、1493年にバルセロナを訪れてカトリック両王に報告したクリストファー・コロンブスをたたえています。頂上の像は海の方角を指し、柱の内部のエレベーターで展望台に上ることができます。

港を見下ろし、頂に城塞が立つこの丘は、二つの大イベントの舞台となりました。1929年の万国博覧会ではカタルーニャ国立宮殿(パラウ・ナシオナル)やマジカ噴水が残され、1992年にはオリンピックが開催されました。現在は庭園や美術館、展望スポットが点在する緑豊かなエリアで、ジョアン・ミロ美術館もあります。
岩山にたたずむモンセラット修道院、中世の旧市街が残るジローナ、ビーチの町シッチェスへは、市内から気軽に出かけられます。アプリはそこでも使え、ドライブ旅行では出発前にGPS自動モードをオンにしておけば、通り過ぎる町についても語ってくれます。
ドライブ旅行について詳しくはい。AI TourMateはバルセロナを日本語、英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ハンガリー語、中国語など14言語で案内します。グループの全員が、それぞれ自分のスマートフォンで自分の言語で聴けます。
いいえ。アプリは、歩きながら周りの場所のストーリーを語るものです。サグラダ・ファミリア、グエル公園、カサ・バトリョなど入場が必要な施設には、別途それぞれのチケットが必要です。
アプリはGPSで現在地を追跡するため、名所の周辺や街なかなど、屋外で最もよく機能します。大きな建物の中ではGPSが不正確になることがあります。
アプリのダウンロードは無料で、最初のストーリーも無料です。その後は聴いた分だけ、クレジットパックでお支払いいただけます。サブスクはありません。